2018年9月13日。左胸の全摘手術をしました。

細胞診の結果ステージ2とわかり、事前のMRI検査で左胸にしこりが2つあることがわかったので、全摘手術をすることに決めました。

その時の様子を綴ります。

 

手術時間は2時間半

 

当初は部分切除できると思っていましたので、乳房は温存するつもりでした。

しかし、しこりが2つあること、腫瘍が特殊っぽいので全摘したほうがいいという医師の意見もあり、全摘することに決めました。

 

私は3年前子宮筋腫があり生理も辛かったので、子宮を摘出しています。

そのせいか、手術自体に不安は全くありませんでした。

また、「がん」という腫瘍についても、良性であれ悪性であれ腫瘍は同じと捉えていたので、取ってしまえば終わり!という考えだったので、そんなに深く考えたり不安になったりはしませんでした。

むしろ、悪いものならば早く取ってしまったほうがいい、という考えでした。

 

ただ、手術による入院で時間が拘束されてしまうことが残念でなりませんでした。

 

入院から手術まで

入院は手術日の2日前でした。

事前の検査で、明らかにリンパ節までがんが浸潤しているわけではなかったのですが、センチネルリンパ節生検を術中に行い、もしリンパ節にもがんが広がっていたら、リンパ節も切除する方法を取りました。

そのため、術中に判断しやすくするため、手術前日に放射性同位元素を含む薬を注射して、専用の装置で30分ほど寝転がり検出しながら、胸から脇あたりに2箇所マジックでマーキングされました。

 

手術当日

私は2番目の手術でした。

ちょうどこの日は、叔母が乳がんで亡くなり告別式の日でした。忘れもしない一日です。

それなのに父が手術に立ち会ってくれ、本当に感謝でいっぱいでした。

 

お昼ごろ、「そろそろ呼ばれるかな~」と待っていたところ、12時半ごろに手術室へ向かいました。

子宮摘出の手術は近くの市民病院で行ったので、規模が小さかったのですが、乳がんの手術は大学病院でしたので手術室がたくさんあり驚きました。

 

部屋に入り仰向けで寝転がりました。

右手の甲に点滴の針が刺され、麻酔のマスクをしたところで意識はなくなりました。

 

 

目覚めると、執刀した主治医が開口一番「リンパに転移はなかったよ」と言ってくれ、ぼんやりした中安心したのを覚えています。

部屋に戻って来た頃にはすっかりと目覚め、父親がお腹空いた~と言っていたのが印象的です。それだけ無事というか何でもなかったんだなと思いました。

時計を見ると15時ぐらいでした。

その日は頭をあげてはいけないと言われ、手術の疲れもあり、ぐっすりと眠ることができました。

 

術後

一晩点滴をされて、尿道にはカテーテルされていましたが、翌日朝にトイレまで歩けたので、カテーテルは無事に取れました。

痛みは全くありませんでした。鎮痛剤が処方されていましたが、飲まなくても良かったくらいです。

 

翌日からは、元気いっぱいで食事も完食できました。

ただ胸に傷があるだけでその他は何でもありませんでした。

左胸には傷を守るため、タオルが挟まっていて、直接傷を見ることや触ることはできませんでした。

 

傷を見たのは退院した当日。おお~ぺったんこだ~というのが感想です。傷の長さは脇の近くから胸の中心下まで20cm近く!結構グロいです~

おおよそ見当がついていましたので、まあ仕方ないかな~と感じましたね。

ただ、胸を失うことへとても辛いと思っている方にとっては、結構シンドいかもしれません。

 

センチネルリンパ節生検をしたせいで、脇の下の感覚が鈍くなっており、今でも感覚はあまり戻っていません。

術後の翌日に友人が見舞いに来ました。私があまりに元気でいるので大変驚いていましたね。

ドレーンがぶら下がっていて、出てくる量が少なくなると退院できるとのことで、術後8日で退院しました。

 

退院してから大変だったこと

術後もそうでしたが、リンパ液が溜まってしまい傷口から溢れて下着が汚れてしまったんです。ガーゼを当てサジカルテープで固定していました。週1で病院へ行き、注射器で液を抜いてもらっていました。全部で4回通いましたね。

大学病院は近くにあり、近くの病院を選択してよかったと本当に思いました。

 

それから、胸がなくなってパッドが必要かも?と心配していましたが、もともとそんなに大きくなかったので、ブラのパッドだけでなんとかなってしまいました!ピッタリとした服を着るのならば、パッドは必要かもしれません。

 

あとは、病理検査結果がどうなるか。あまりいい予感はしていなかったのは、当たってしまいました。