マインドフルネス瞑想は、お釈迦様が悟りを開いた修行法がベースになっています。

「マインドフルネス瞑想」は宗教的なものでも、特別な人のためのものでもありません。何かを信仰する必要もありません。

仏教の瞑想のエッセンスの部分のみを抽出して、誰でもできるようにデザインされたものが「マインドフルネス瞑想」です。

 

止観の瞑想とは

 

お釈迦様が悟りを開いた修行法(止観の瞑想法)とはどのような瞑想法なのでしょうか。

止観の瞑想とは、「止」のサマタ瞑想と「観」のビパッサナー瞑想の2種類のことです。

これはそれぞれ、鍛える「注意の質」が違います。

 

「止」のサマタ瞑想とは?

一つの対象を定め、「一点集中型の注意力」を鍛えます。

注意を特定の対象に向け続けるタイプの瞑想法です。

 

呼吸や音など特定の対象に対する強烈な集中によって、雑念が取り除かれ、心が安定し、強くなります。

一瞬一瞬の注意を何度も戻すことで集中力を鍛えます。

 

「観」のビパッサナー瞑想とは?

「気づき」の瞑想とも言われています。

サマタ瞑想のように注意を一箇所に定めず、「開放的な注意力」を鍛えます。

 

感覚や心に感じたことをありのまま観察していきます。

イメージしやすいのが車の運転をしているときですね。ドライブしているときは今この瞬間にいます。そして信号だけでなく、同時に、全体に注意してますよね。

「観」の瞑想も、これと似ています。

 

マインドフルネス瞑想のやり方

 

一般的な仏教の瞑想法では、サマタ瞑想で集中力を育て、物事をあるがままに観察するビパッサナー瞑想へと移っていきます。マインドフルネス瞑想でも同じです。

最初は「止」からはいり、徐々に「観」の瞑想にシフトさせていくことで、二種類の注意の質を鍛えていきます。

 

この瞑想で大切なことは、「気づき」です。

この瞬間、瞬間、自分の内側と外側で、起こっていることに気づき、あるがままを観察していくことです。

 

今、どんな呼吸をしていますか?注意を呼吸の身体感覚に向けていきましょう。

 

まずは呼吸一点に集中した状態をつくります。

注意が呼吸から離れていることに気づいたら、すぐに呼吸と身体の感覚に注意を戻しましょう。

自然に湧いてくる思いや考えも無理に消そうとはせず、ただ少し引いたところから眺めておきます。

 

慣れてきたら次は注意の対象を、呼吸から「音」にシフトします。耳を澄ましましょう。

家の中の音、外で聞こえる音、自分の身体の中の音など、全ての音を繊細に感じとっていきましょう。

それが心地のいい音、不快な音という評価や判断もせず、その音が、何の音なのか分析したりせず、ただ「音」を「音」として感じています。

 

さらに慣れてきたら、注意の対象を開放していきます。何か一つのことに集中することから、空間全体を感じていきましょう。

呼吸、身体の感覚、聞こえてくる音、湧いてくる想いや思考、頭の中の静寂など。いまこの瞬間に生じる五感の刺激、心の働きも含めて観察していきます。

 

どこへも行かず、何もせず、ただ静かに座って、一瞬一瞬に心を開いていきましょう。

好きなだけこの瞑想を味わっていきましょう。

 

身体の感覚を取り戻せてきたら、ゆっくりと、目を開けていきます。

 

瞑想で大切なのは気づき

 

もしもリラックスできなかった、頭の中の声が止まらなかったとしても大丈夫です。

瞑想の目的は無になることではありません。

 

この瞑想で大切なのは「気づき」です。「注意力」を鍛えることが目的です。

心が静かにならなくてもいいんです。

雑念だらけで、リラックスできず、ぜんぜん集中できなくても、それに気づいて、ありのまま観察しようとする姿勢がある限り、この瞑想に失敗はありません。

 

とくに瞑想を始めたばかりのころは、瞑想中に何度も何度も注意がそれます。

だから、「失敗した」とか、「やり方が間違っている」とか、「自分には向いていない」と思いがちですが、そうではありません。

 

たとえ、頭の中のおしゃべりにずっと夢中で「マインドレスネス」であったとしても、そのことに「気づいた」瞬間には、「マインドフルネス」に切りかわり、確実に脳が鍛えられているんです。

小さな気づきを繰り替えすことで、確実に脳が鍛えられていきます。

マインドフルネス瞑想とは、今の瞬間につねに注意を向け、自分が感じている感覚や感情、思考を冷静に観察していくことで、「注意力」を鍛える脳と心のトレーニングです。

 

三ヶ月くらいすると、心が柔軟で、穏やかになった、イライラしなくなったことに気づくはずです。